この書き方では、「参考にしなくてもよい」ということになるからだ。
第三者評価機関が評価しても、予算配分や教授の報酬が何も変わらないのであれば、何も動かない。
多分、「国立大学も外部から評価を受けている」、という実績を世間に誇示するだけに終わるのではないだろうか。
そうだとすれば大変残念なことそのほか、国立大学の規定上の硬直性も問題のひとつである。
給料がすべて年齢序列型であると述べたが、研究資金の使い方、諸制度についても制限が多い。
たとえば、科学研究費の場合、もらったあとの処理が面倒である。
というのは、経費に基準があって、その基準からハミ出すことが許されない。
仮に研究経費で研究会を開くとする。
東京で開くとき、どうしても参加してほしいA教授を京都から招きたいとしよう。
A教授は多忙をきわめている先生なので、なかなか来てもらうことはむずかしい。
おまけに、A教授に支払う謝礼規定が一律に決まっていて、1時間当たり5000円程度しか払えないのである。
5000円で来てもらえる先生もいないわけではないが、10万円払ってでもぜひとも来てほしい人がいた場合、この基準では払えないことになる。
裁量的に扱うことが許されないためだ。
また、科学研究費は、年度はじめに申請し、認められるのは10月とか2月。
予算制度が単年度方式だから、次の3月までに全部使い切らなければならない。
予算がもらえるかどうか、秋までやきもきし、もらえるとなったら急速予算執行しなければならない。
なんとも不思議な制度なのである。
以上の状況をトータルにみると、意欲に燃えて国立大学に就職した研究者たちも、先ほど独立行政法人化について述べたが、その内容はあいまいさを残している。
大学は独立行政法人として、どこまで自己責任を貫徹させられるのか。
たとえば、給料ひとつとっても、国家公務員法に縛られていれば、勝手にその枠をハミ出すことは許されない・多くの国立大学教官は、国家公務員の枠をはずされると、身分が安定しないとの理由で反対しているため、とりあえず、いまのところは国家公務員の身分のまま独立行政法人移行となりそうである。
しかし、名前だけ独立行政法人にしてみたところで、独立性は確保できない。
今後、議論がどう発展していくかわからないが、いま議論されているレベルでは、改革にはほど遠いといわざるを得ない。
国立大学も民営化せよとの声も出てきたので、文部省としては、そういう政治的な動きにブレーキをかけるために、とりあえず独立行政法人の構想を受け入れざるを得ないと判断したようである。
「圧着端子の対応が悪い」とのクレームについては「圧着端子に連絡し、事実確認した上で必要な指導などを行う」などの対応を記した。
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